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参考情報

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家族図鑑

 本ページでは、阿瀬家に関連する人物を紹介します。家族を中心にまとめますが、収集範囲は特に限定していません。また、先祖探求や確認の作業と連動して、作業を進めている点もご留意ください。

  • 阿瀬真司
    8月9日死亡。4ヶ月という短い命で、あまりありえないことではあるけれども、うつぶせになったままで呼吸困難に陥ってしまい息を引き取った。普通は、生後4ヶ月の赤ちゃんがうつぶせになることはない。母と子(アセダイスケ)が4ヶ月の赤ちゃんを残して買い物へ出掛けるという失敗が原因の一つであることから、警察によって事故と事件の両面で捜査された。少なくとも死亡現場を警察が写真撮影をしたのは事実。フラッシュが狭い部屋で焚かれたことは印象的であった。当日、アセダイスケは母と一緒に買い物へ行こうと誘われ、家で遊んでいたことから一緒に行くことには気乗りしなかったが、一緒に行ってくれないと困るなどと説得されて行くことになった。家に戻ると衰弱した状態に陥っており、すぐ救急車を呼んだ。近くの川見クリニングで救急車を待つ母の姿は混乱していた。後になって、死の近い者を他人に見せるのは軽率であったと発言していた。母と子は一緒に救急車へ乗り、姫路第一病院へ向かった。賢明な救護活動でも息を引き取ったのは無念であった。最後まで心臓は強く動いており、いわゆる脳死であった。後日家族の間でも心臓が強く動いていたことは語られた。きちんとした葬式が行われ、近隣の関係者が集まった。母は涙を流していた。後日、誰の死も涙を出すことはなかったと語っていた。母は真司という名前に、人の死を意味する「し」の文字が入っていたことを悔いていた。父は母へ責任を問うた。生きた間に撮影された写真は少なく1枚しかないとされているが、実はアセダイスケがカメラで撮影した写真がもう1枚ある。家族は、写真は裕大であると判断しており、アセダイスケだけが認めていない。写真はぼけていたし、今は紛失しており、事実は定かではない。墓は、阿瀬滋と同じ骨壺に収められている。
  • 阿瀬恵美子(旧姓村上)
    阿瀬稔の妻として嫁いだ後に離婚、苦しい生活が続き死亡した。

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